2023年4月3日月曜日

令和5年度 銃砲一斉検査(銃検)

 年に一回の銃砲検査は毎年春に実施されるが、今年は3月下旬だった。いつもは4月に行われるのだが、今年は広島サミットなどの影響で前倒しになったのだろう。

もちろん私も指定された日に出かけるべく準備をしていたのだが、その日はあいにく朝から強い雨模様。自宅から空気銃を抱えて(もちろんケース入り)、車椅子で警察署へ向かう身としては好ましくない天候だった。細かな時間指定はないものの、当日は午後から来客がありアテンドしなければならなかったので、止むを得ずTELして日程変更してもらった。

案内には「やむを得ない事情」以外は変更できないようなセリフが書かれていたので、ドキドキしながらTELしたが、意外とあっさり受け付けてくれ、理由すら聞かれなかった。しかも予備日でなくともよいという。というわけで、個人的に生活安全課を訪問して検査を受けるということになった。

今年に入って体調不良のため「実績」がなかったが、幸い昨年数回射撃練習をしていたので、実績について指摘されることはなかった。

問題は来年の銃砲検査である。このままだと今年度は射撃場へ行くことができなさそうなのだ。というのも、昨年後半から体調を崩して長期入院となり、おまけに今年退院直後に大きなけがを負ったためにリハビリを続けることになったからだ。事情が事情だけに、またこれまでまじめにやってきたこともあり、1年ぐらいは実績なしでお目こぼしになることも考えられるが、一歩進んで「所持許可返納」を勧められる可能性もある。実際、先が見えないので、個人的にもいちど年貢を納めようかという気持ちもある。悩むところだ。

警察署に行ったついでに、身体障害者用の「駐車禁止除外標票」の継続申請もしておいた。これは自家用車が無くても申請可能だ。

2023年1月14日土曜日

さらばBMW、長年ありがとう

 20年ほど乗ってきた愛車を手放した。BMWのツーリングワゴンだった。新車で購入したものだが、最後のほうはいくつもトラブルが出るようになり、さすがにもう修理対応では厳しくなっていた。車椅子を載せやすい国産車に買い替えようを過去数年来、モデル選定をしていたが、気になるモデルのフルモデルチェンジを待つことができなくなったのも理由のひとつ。そしてもっと大きな理由は、ちょっとした大病をして、その回復を待つのにまだしばらくかかりそうだということ。

愛車のBMWは買い取り業者に引き取ってもらった。メーターパネルが通電しなくなっていたが、まだ自走することはできたので、業者が乗って行った。最後ぐらいはきれいに洗車してやりたかったが、退院直後だったこともあってふつうに立つこともままならず、そのままでのお別れとなった。

2022年3月24日木曜日

まじめに中国語をやろう

 広東語の学習を始めたのは中学生の頃だった。香港の女の子を好きになったからだ。英語以外で最初に取り組んだ第三外国語かもしれない。当時は日本で広東語の学習書は販売されておらず、書店の洋書コーナーで辛うじて見つけた『TEACH YOURSELF CANTONESE』というイギリスの本を細かく読み進めたものだ。その後、社会人に至るまで広東語の学習は続く。大学の図書館では海外で出版された広東語辞書を見つけ、ほぼすべてをコピーしたが、それは今も拙宅にある。若気の至りとはよく言ったもので、その辞書をベースにして日本で初めての広東語辞書を作ろうなどと息巻いたりもした。

広東語は役に立ったかというと、それなりにおもしろい経験はできた。何より、就職した会社で奇しくも香港担当になった時期があり、毎月のように香港にも出張に行っていたので、片言の広東語の実力を試す機会もあった。偉そうな話だが、滞在中に日本から来た関連会社の幹部たちを、広東語で現地の人とやりとりしながら街案内したりもした。またジャッキーチェンやMrBOOなど香港映画ブームもあったころで、字幕なしでもそれなりに楽しむことができた。

ささやかに嬉しかったのは、中学生の頃に好きになった香港の陳美齢という名前の女の子、つまりはアグネスチャンなのだが、数年経ったときに彼女がやっていたラジオ番組に広東語で手紙を書いたら、番組内で読み上げてくれて、お返事までいただけたことだ。以後何回か、クリスマスカードもいただいた。

世間一般に言う中国語とは北京語をベースにした普通話と呼ばれるもので、現在も日本で中国語というとこれを指す。中国にはこのほかに広東語、上海語、福建語など大きな方言がいくつかあって、みな漢字を使うものの、音声だけ聴くとお互いほぼ外国語のように通じない。広東語学習を始めたころ、日本語で書かれた学習書が無かったので、頼りは外国で出版された資料だった。インターネットもなかった時代、意外と役に立ったのは中国で出版された書籍だ。幸い、当時の自宅近くに中国語書籍を専門に扱う書店があり、足しげく通い、少々高かったが、広東語と名のつくものを買いあさった。

前置きが長くなったが、それら中国語書籍はほぼすべて中国標準語で書かれており、広東語学習を進めていくには中国標準語の知識が必要となる。そのときどきで中国語を調べていただけで、実のところ広東語ほど関心は持てずにいた。それゆえ、以後、長きにわたり、中国標準語の文字を見ても広東語読みになるという中途半端な状態だった。

何とかしようと思い立ち、数年前からNHKのテレビやラジオの講座を利用していたが、いつもただ聞き流すだけで一向に身が入らない。それではいかんということで、ようやく重い腰を上げ、4月からテキストを買ってNHKラジオ講座を聴くことにした。まじめに系統的に学習していこうと思う。




2022年2月20日日曜日

北京冬季オリンピック閉会式で

 北京冬季オリンピックの閉会式を観ていると、聞き覚えのある曲が流れ、ふと口ずさんでしまった。

「更け行く秋の夜 旅の空の わびしき思いに ひとり悩む・・・」

年配の人なら、学校で学んだことがあるだろう。『旅愁』というタイトルのこの曲、それがなぜ北京オリンピックで流れたのか。

実はこれ、翻訳唱歌であって、原曲はJohn・P・Ordwayによるアメリカの楽曲で、原題は”Dreaming of Home and Mother”という。それを1907年に犬童球渓が訳詞したものだ。

中国でも、1915年ごろに李叔同(弘一法師)という人が中国語で詩を付け、『送別』というタイトルで広く知られている。1983年公開の中国映画『城南旧事』でも劇中歌として採用されて、親しまれているようだ。また、1996年のテレビドラマ『真愛緣是你』(香港)でもエンディング曲として用いられている。

アメリカの原曲や日本の『旅愁』は故郷や父母への郷愁を語っているのに対し、中国の『送別』は別れの寂しさを表現している。それゆえ、閉会式にも採用されたのだろう。

この曲は、日本や中国では愛唱歌として親しまれているが、生みの親であるアメリカではほとんど知る人もないという。作曲者のオードウェイは、アメリカ音楽の父と言われるスティーブン・C・フォスターと同時期に活動した人である。フォスターといえば『草競馬』や『おおスザンナ』などの作曲者で、『旅愁』と似た曲調の歌いやすいメロディが思い出される。いずれも親しみやすい曲である。久しぶりに耳にした『旅愁』を通じて、中国も同じアジアなのだなぁと改めて実感した次第である。

齊豫歌唱送別→ https://www.youtube.com/watch?v=76XjSH1KpBM

中国电影《城南旧事》→ https://www.youtube.com/watch?v=kreF5ywo3SM

2021年9月27日月曜日

腕時計のメンテナンス ~ 時計修理工房さん

 8月にベルトが切れた普段使いの腕時計の後継として、G-SHOCKやPROTREKをいろいろ買いあさっているのだが、その一方で、長年眠らせていたBREITLINGというブランドの腕時計も動かしてみようと思い立ち、リモートでやり取りできる修理業者さんを探していた。いくつか候補があったが、そんな中で名古屋の「時計修理工房」というところへ問い合わせたのが8月下旬だった。

<時計修理工房>https://www.w-repair.jp/

すぐに丁重なメールが来たのだが、依頼品をゆうパックで送るための無料郵送パックの利用ができ、現品を確認して見積もりをくれるという。預かってから、状態や動作確認を時間をかけてしっかりやっていくれるということで、2~3週間前後時間がかかるかもしれないとのことだったが、スピードだけを売りにするのではなく丁寧な仕事ぶりを連想させてくれて、却って安心な気がした。

すぐにきちんとしたスポンジ入りの箱に、返送用伝票や依頼書などが入った郵送パックが送られてきた。私のほうが少しもたもたしていて、ゆうパックを発送したのが9月16日だったのだが、本日、見積もりをメールで送っていただいた。

私からの依頼内容としては、基本的には電池交換のみお願いしたいということと、ここ数年は止まったままになっていたので、中を開けていただいて、状態によってはオーバーホールなど別途メンテナンスを考えているとお話していた。

それに対して見積もりは、新品の電池交換のみでよさそうだとのこと。テスト用の電池を入れ、すでに一定の期間、動作テストや消費電流の測定、機能テストなどを行っていただいているようで、現在のところ遅れなども発生せず動作しているらしい。何年も止まったままになっていたので状態を心配していたが、やみくもにオーバーホールを勧めることもしないという点にも好感が持てる。

若いころ、海外旅行や出張に行くたびに現地の時計店を覗いては憧れ続けていたBREITLINGの時計を、ドイツのフランクフルトでようやく手に入れたときの感動は今も忘れない。その後、大切にして、電池が切れたらすぐに交換してもらい、ベルトも2回ほど交換していたのだが、数年前に電池が切れて、なぜかそのままになっていた。最寄りの代理店に行くにも足が不自由な身としては簡単ではないので、いつかいつかで今に至ってしまっていたのだ。

それがまさかリモートで解決できて、しかも丁寧でかつ信頼のおける業者さんが見つかるとは嬉しい限りである。実は、私の亡くなった祖父は時計職人をやっていて、私が成人するまで腕時計はすべて祖父からもらっていた覚えがあり、時計に関してはかなり愛着と親しみがある。今回の時計修理工房さんの仕事の様子を、つい祖父の仕事ぶりと重ねて想像してしまう。

古い時計でもあるので電池交換した後でも不具合が発生することもあるらしいが、今回、電池交換完了後も数日は動作テストをしていただけるらしい。その後、手元に戻ってくるのだが、もし不具合が出てきたら、その時もまた検査をお願いしてみたいと思う業者さんである。もちろん、定期的な電池交換や、ベルト交換の必要が出てきた場合にもお願いしたいと思う。BREITLINGとともに、末永くお付き合いしていただけそうなところが見つかって本当に良かった。

2021年8月9日月曜日

東京オリンピック閉会式のmiletちゃん

 昨日8月8日、オリンピック閉会式が行われた。開会式の評判が芳しくなく、実際見ていた私も文句あくたらだったので、閉会式も期待せずに観ていたら、なんと歌手のmiletちゃんが登場。ルックスも歌声も大好きで、珍しくCDも買ってしまっていた身としては大興奮だった。

2021年8月7日土曜日

腕時計を買い替えなければ・・・

 昨夜、日常的に使っている腕時計のベルトの付け根が取れてしまった。CasioのWaveCeptorなので、最寄りの時計屋で簡単に付け替えるということはできないと思う。前に使っていたWaveCeptorもベルトがダメになったのと、内蔵の充電バッテリの寿命がきたので買い替えたsのだが、今回も同じパターンで買い替えようと思案中である。

そういえば、昔ドイツで購入したBREITLING B-1という時計を別に所有していることを思い出した。しかしこれはもう何年か前から電池切れで止まったままになっている。この時計も、最寄りの時計店で気軽に電池交換できない使用なのである。いままで正規代理店に持ち込んで、電池交換やベルト交換をしてもらった記憶があるが、最近はケアできず、可哀想な腕時計だ。